エッセイ最優秀賞 |
「まだ若いわよ。社会に出て一年くらいで結婚なんてだめ」 「それならもういいよ。結婚式はハワイで挙げるから。2人で」 捨てゼリフを吐き、ドアを思い切り閉めた。また口論になってしまった。ここ数日、結婚のことで喧嘩ばかりしている。 「青木君、受取人の所お母さんに書いてもらった?」 保険勧誘のお姉さんが、職場に申込書をもらいに来た。 「すいません。明日必ず」 結婚を考え始めていたので、生命保険に入っておかなくてはと思って申込書を書いていたのだが、受取人の所は母に書いてもらおうと空けてあった。ところが、母に会うたび喧嘩ばかりしていたので、保険のことは言い出せないままだった。 「これ、保険に入ったから受取人の所に名前を書いといて」とタ飯の片付けをしている母に言った。 「聞いてる?」 母は黙ってうなずいた。母の寂しそうな後ろ姿を見ていると、僕はまだ若い未熟者なんだろうか。結婚についてはもう一度よく考えよう。僕はしばらく母を見ていた。 次の朝、いつものように台所で母は朝食の仕度をしていた。食卓に座ると、申込書が置いてあった。受取人の所を見て目が覚めた。 薄く鉛筆で彼女の名前と続柄は妻と書いてあった。 「彼女に書いてもらってよ」 母は微笑んだ。 |
母と息子のやりとりが、まるでドラマのシーンのように浮かんできます。結婚に反対するのも許すのも、母が息子を愛すればこそという心情がよくわかる作品でした。 青木さん、もう一生お母様に頭があがらないね。お幸せに。 |