エッセイ入選


1996年エッセイ・入選

『ねえ、もしもさあ……』

長崎県 橋本裕子さん
32歳 (主婦)

 「ねえ、もしも私に何か起こったら、あなたどうする?」
 この手の質問は、母となり威勢が増した私の大得意のセリフである。別に、家事や育児に不満を抱くタイプではないけれど、ふと、魔がさしたかのように、自分の存在価値を、夫に再確認してもらわなくっちゃと、嫌味な妻になるのも、たまになら許される事でしょう。
 「病気になんかなっちゃったら、もう、パニックだよお。俺、家のことなんか何一にも知らないし、下着のある場所さえ、わからないんだからぁ」…フムフム、可愛いことを言ってくれると思いながら、続けて声高に、
「じゃあ、死んじゃったら?」と聞くと、夫は大袈裟な位、顔をひきつらせて、
「ショ、ジョーダンじゃないよおっ!」と、叫んでくれる。いいなー、いいなー、このセりフ。毎度、定番ながらも、この言葉で私はまた暫くの間、小言を言わずに毎日明るい笑顔で頑張れちゃうってもんなのだ。
 ところが先日、夫が意外な言葉を口走った。 「もしもの為に、暇な時に、家の事やetc…を書き出しといてくれないか…」 「ショ、ジョーダンじゃないわっ!私に万一だなんて、そんな事あってたまるもんですか!私はまだまだ元気のままなの!万一となっては困るという大切な私だから、万一の保障も高いのよ」
 よおし、もっともっと頑張って、目一杯有難がられて、私の値段を上げなくっちゃ。主婦パワーが強力に充電された、私でした。