1996年エッセイ・入選
『我家の安心料』
大阪府 山本絹子さん
35歳 (主婦)
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子供達が眠ってしまうと、我家は、一気にしんとしずまります。
ある夜の事、主人が静かになった居間で、なにやらじっと見つめていました。 よく見ると、少し色あせた生命保険証券でした。
「何してんの」
私は、声をかけました。
「オレが始めて保険に入ったのは、入社したての頃やった。あんまり乗り気やなかったけど、おばちゃんに勧められてな。これは、二代目や。あれからニ十年もたつんやなぁ」
主人は、証券を広げたり、たたんだりしながら、ひとりノスタルジーに浸っています。
「なあ、今までで、この保険のお世話になった事あるの」
私の言葉に、主人は笑いながら答えました。
「いや、全然や」
「ふーん、ほんならえらい損やなあ」
私は、鼻をならします。 「そやな、そしたら元を取るように、これからせっせと病気するわ」
主人は、ニヤニヤしています。
「アホ、元なんか取らんでいいわ。これは、私と子供達の安心の為にあるんやから。今まで世話にならんで、ホンマ、幸せやわ」 私と主人は、顔を見合わせて大笑いしました。
昨年九月に次女が誕生し、家族が一人ふえました。これからも、元が取れない事を願いつつ、安心料を少し増やすつもりです。
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