1996年エッセイ・入選
『愛情に裏付けられたもの』
北海道 前田博子さん
41歳 (主婦)
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「気をつけて行ってらっしゃい」
数ヶ月ぶりに帰宅した夫の車が、速度を増して遠ざかっていく。こんな小さな別れでも感傷的になる自分を横目に、子供達はさっさと家の中へと入ってしまった。
単身赴任の夫がいたニ日間に彼の生活の様子を聞き、子供の教育の事を相談し、ついでに私の愚痴もと勢い込んでいたのに 「我家はやっぱりいいなぁ、落ち着くよ」 の大声に待ち構えていた言葉が、かき消されてしまった。
持たせた弁当の後片付をしながら十五年間共有してきた時間の早さに改めて驚いた。それまでと同様に、今回も家族で移り住んだ方が賢明な選択だったかもしれないが、成長した子供達の事情も考慮に入れた結論だった。
かまどが二つになり余裕のない暮らしに保険料は重く伸掛るが、家族一人一人の命の輝きに比べれば取るに足りない事と割り切れる。それに生命保険の安心感は、健康で明るい人生を願う愛情に裏付けられたものが根底にあるから得られると信じたい。
とは言っても人生に夫婦喧嘩は付きもの、喧嘩の度に上品なケースに入った夫の保険証券を見ては、ほくそえむ時があったとしても、楽しい人生だったと言えるその日まで思いやりを忘れずにいたい。
夫の車はもう峠を越えただろうか…と思い、あわてて神棚に向かう私だった。
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