エッセイ優秀賞


1996年エッセイ・優秀賞

『女二人、夜中の会話』

福岡県 吉田公子さん
35歳 (自営業)


  あなたも好きね、と彼女。
 イエイエ、貴女のお陰ですって…と私。
 受取人はお互い様。母と私の生命保険は、いつも相談して決める。
 女ってね、不安なものよ、と母。
 わかってる。だから入れる時入るのよ、と私。
 今さら加入できない父と、結婚しちゃった弟に、それはもう関係なく、私たち母娘二人の楽しみであり秘密。
 入院の時はね…と母。
 わかってる。あれとあれでしょ。で、あそこにある証券と、連絡先は・・…。
 ちがうの。もう、保険のことはあなたにまかせてるから、心配してないの。
 じや、何?
 うんと派手なパジャマ買ってきてね。
 了解。まだまだ入院しそうにもないけどね。女はやっぱり先の先の先まで考えて、楽しみを付け加えてゆくわけだ。
 これが女の長生きのヒケツかも…。
 それとね、もしも、死んだらね、と母。
 まだ、死にそうにもないけどね、と私。
 でも、言っとくわ。
 独り者なんだから、私の残したお金、少ないけど、年金にしなさいね。やっぱりお金しかないもんね、女には。
 そうね、と私。
  まだ保険と年金だけに頼るつもりはないけれど、これも親孝行。反論はしなかった。

寸評
審査員・内館牧子
  一行目の書き出しなど絶品です。「うまいなァ」と私は声に出したほどです。  母と娘が「会話」しているというよりも、「つぶやき」をかわしているようなタッチがとても新鮮。「大切な母」なんて一言も書いていないのに伝わる文章力はみごとです。