エッセイ優秀賞 |
「行ってくる!」 茶髪の彼はこう切りだした。 「どこへ?」 「アメリカヘ語学留学に」 「金とか向うの学校への手続きとかは?」 「貯めた。パスポートもビザも取ったし、申し込みも済んだ。親父に迷惑はかけない」 来るべきものがきた…と思った。 高卒後、彼は二年間会社勤めをし、夜もアルバイトをしていた。私は黙ってタンスの引出しを開け、 「ほら、これ持ってけ」 と、一枚の生命保険証券を渡した。これは彼の誕生祝いにと私がニ十年掛けたものだった。しばらくの間じっと見つめていた彼は、少し頭を下げ、 「お父さん、有難う」 と言った。 「命だけは粗末にするな。着いたら電話寄こせ」 「分かつてる。じゃあ」 彼は自分の部屋に行った。私は彼が生まれたときのことを思い出していた。 しかし何年ぶりだろう、こんなに互いに喋ったのは。 私は少しさびしい気掃ちと、巣立つ彼に、"頑張れよ"とエールを送りたい気持ちで一杯だった。 |
審査員・内館牧子
巣立ちをこんな形で見守った父親のことを、茶髪の息子は生涯忘れないと思います。アメリカでも絶対道に外れることはないと断言できるような作品でした。 母娘とはまた違って、男と男の言葉少ない情愛がよく描かれています。 |