エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『カナダからの手紙』

広島県 早田典子さん
34歳 (主婦)

  思ったほど寒くない。心配御無用。いい写真が撮れそうです。
 ライトアップされたナイアガラ瀑布の裏には達筆な父の文字があった。ハガキなど書いている暇はないと言わんばかりの短文に、カメラ片手に走り回る父の姿が目に浮かぶ。
 二年前に肺ガンを患い、一時は余命半年とまで宣告された父が海外を旅するとは誰が想像し得ただろう。二度の大手術と五か月の入院。だが神様は父に味方してくださった。 左肺を完全に摘出したものの少しずつ体力を回復してくると、父の散財が始まった。
 まず、快気祝に親戚一同に本場のフグを振る舞う。長年憧れていたというカメラ一式を購入。 インターネットに挑戦するのだとパソコンを買い込み、教室へ通い始める。「かぜは万病のもと」と高級ブランドのコートを買い、母にも毛皮二着をプレゼント。次は一体何をやらかすやら?と思っていた矢先のカナダからの手紙である。
 「葬式代に少しは残しておけば・・・」という娘の忠告を、父は「今が人生で一番楽しい時。金も時間もいくらあっても足らない」と笑いとばす。面と向かっては憎まれ口しか言えない娘だけれど、本当は父の好きなように使えばいいと思っている。だってあんなに痛くて苦しい思いと引き替えに手に入れた保険金なのだから。