エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『母を挟んで』

栃木県 鈴木解子さん
51歳 (自営業)


  「おばあちゃん、きょうは涼しいねえ」お腹中たっぷりと突き出した甥の嫁が母に声をかける。「いいえ、私はきょうだけでなくずーっと鈴木よし(母の名前)でしたよ」老母がしっかりした口調でそう応えた。
 前夜の激しい雨を受けて連日のうだるような暑さが失せ、こざっぱりとした朝を迎えた日だった。
 隣室にいた私も、台所に立っていた姉も、そのやりとりを聞きつけて母のベッド囲りに集まった。耳の遠くなっている母との会話は、一日に何度となく私達に笑いを提供してくれる。
 「でも今のはずばぬけて優れものだよ。"よし猛語録"に赤ペンで書きとめておかなければね」
 下の方も弱ってきた母、パンツは何度も取り替える、顔をしかめながらシーツをはがすこともある。でも女三人、母の猛語にカラカラと笑える幸せ。
 月に一度、生命保険会社から母の通帳に年金が振り込まれる。通帳を見せる時の安心したような穏やかな国の笑顔、この定期便が私をもうひとつ幸せにしてくれる。
 艶やかな幹をみせてさるすべりの赤い花が咲いている、間もなく八月。母の八十八才の誕生日が来る。そしてちょうどその頃、三人目のひ孫が生まれる。母はその子に何を贈るのだろう。