エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『以心伝心』

埼玉県 今村はつ江さん
53歳 (主婦)


  ある日、会社から帰った夫が、
 「身体検査で、ひっかかっちゃったよ」  と言った。その時は、あら、またなの?と軽く聞き流し、夫も、
 「忙しいのに再検査なんてマイッタな」 と、たいして気にしてない様子だった。  ところが一カ月ほどして、思わぬ入院手術の運びとなり、気がつけば夫は病院のベッドの上で、すっかり病人となっていた。
 このところ結婚式にお葬式、新築祝に同窓会と続き、おまけにバーゲンにも走ってしまい今や、医者も見はなす金欠病。入院費に手術代いったいいくら位がかるのかなあと思案していた私に、眠っていた筈の夫が、
「保険に入ってるから大丈夫だよ」
 と言った。私はビックリして夫を見た。
 今までも、ケーキが食べたいなあと思っていると買ってきてくれたり、重い荷物をかかえての帰り道、偶然出会って助かったり、旅に出たいなと思うと「どっか行こうか」と言ってくれたり、いろんな形の以心伝心があって、その度に何だかとても嬉しかった。  でも今、ひと回りも小さくなってしまったように見える夫からの一言に、何故か私の胸はジーンとしてしまった。
 「入院特約もついてるから心配ないよ」 と言った笑顔は、元気な頃と同じ笑顔だった。私は思わず
、  「うん、ヘソクリもあるし大丈夫よ」
 と言ってしまっていた。