エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『ぼく、だまされそう』

鹿児島県 K・Sさん
55歳 (主婦)


  高齢出産で生まれた息子も、もう高一。なぜか息子が一歳のときからシングルだ。
 母の私は、経済活動よりは、文化活動に気をうばわれ、手に入れた自由を謳歌するあまり、雑誌の発行まではじめてしまったからたまらない。年中、自転車操業だ。
 息子が六年生のころは、よく悪夢にうなされた。ある晩、私と息子の白骨死体が草むらに転がっている夢をみて跳び起きた。私が死んだら、息子はどうなるんだろう…
 翌日私は友人の営業職員に電話をして、それまで掛けていた貯蓄型の保険を、めいっぱいの保障系に切り替えてもらった。
 ほっとした。ぐっすり眠られるようになったのはいうまでもない。
 そして高校入学の日、「ねえ、もしお母さんがぽっくり死んだら、保険金おりるからね。それでやっていきなさいよ」「ええっ、なんだよ!いきなり」 「ただし、お葬式の時、うっかりニカーツと笑ったりしないでよね」
 息子はおどけて、白い歯をむきだし、笑うせぇるすまん(注)のまねをしてみせた。
 「でも、ぼく、そんな大金、すぐ誰かにだまされそうだよ…」
 どれどれお父さんが管理してやろう、といって、たちまち使い果たしてしまう図が浮かんだ。息子は父親にときどき会っている。
 「そう、それはちょっとヤバイわよね。やっぱり長生きしようか」 「うん、やっぱりそれがいいよ!」息子の顔がパッと輝いた。

(注)漫画の主人公