エッセイ入選


1997年エッセイ・入選

『さわやかな夢を託して』

東京都 堀込藤一さん
69歳 (団体役員)


  保険会社から封書が届いた。十年前に退社の記念に入った生命(養老)保険が満期になった報せだった。
 思い出したのは、この保険に入った動機である。入社一年目という初々しいセールスレディが、私の職場に十日に一度来訪、そのつど、手書きでつくったチラシのコピーを、机の上にそっとおいていた。
 毎号、ほほえんだ自分の似顔絵をまん中に配し、街のうまい菓子店、おいしい料理店や自分の生活の体験談など新鮮な話題がいっぱいだった。特に週末を利用した小さな旅の報告が面白かったのが印象に残っている。ひたむきな努力と、スマートなセールスにひかれ、退職金の一部で生命保険に入った。
 思わぬ"ボーナス"に当時を思い出し、彼女のいた保険会社の支店に電話を入れてみた。  「十年前のこと、覚えています。チラシはワープロにしました。最近号を送ります」
 明るくリズミカルだった声は、落ちついたまろやかな声に変わっていたが、その話しぶりに変わらない誠実さがにじんでいた。
 チラシのトレードマークだった似顔絵は、十年の年輪を加え、どんな顔になり、小さな旅行記はまだ続いているだろうか。興味を覚えながら利子分を旅行にあて、元金で再加入することにした。十年後の満期時に再び"利子旅行"に出かけ、チラシと彼女の似顔絵の変化も見たい。そんなさわやかな夢を託してー。